この世に生まれ、いずれは死ぬってことは俺もわかってる。
自分の終着点とは、どんなものなんだろう。
母方のお婆ちゃんは、何年も前から心臓にペースメーカーが入っていて、何年か毎に電池のようなものを入れ替えることで、生きて来た。
二年前には、札幌に来て、家族何人かで小樽を観光した。
苦労した人だった。
元々は、お嬢様のような育ちだったそうだけど、お爺ちゃんの家に嫁いでからは、筋金入りの農家の女だ。
腰は曲がり、手の指は第二関節から大きく曲がっている。
ゆったりとしていて、少し天然なところがあって、周りからツッコまれて笑ってる。
優しくて、可愛いお婆ちゃんは、家族の精神的な支柱なのかもしれない。
8年前に他界したお爺ちゃんは、それはもう豪快な人で、普段は優しいが、頑固で厳しくて、迫力のある人だった。
俺の母さんも、それをそのまま受け継いでいたから、異常なほどに厳しかった。
子供の頃、母さんと岩手に帰省すると、夜は、決まって親子の大喧嘩。お婆ちゃんはいつも泣いて止めていた。
そんな光景を何度も見て来たから、俺もだいぶビビってた。
今の俺を見たら、何て言うんだろうって思う。
お爺ちゃんとは、もっといろんな話がしたかったし、いろんな話を聞きたかった。
お爺ちゃんは、大好きな相撲をTVで見ながら、椅子に座ったまま、夕飯の呼びかけに答えず、眠る様に逝ってたそうだ。
真っ直ぐだが不器用で、詳しくは書かないけど、苦労した人だったそうだ。
そんな人と一緒に家を支えて来たのがお婆ちゃん。
昔、お爺ちゃんが酒に酔って暴れた時、お婆ちゃんが、母さん達を連れて畑に逃げて、落ち着くまで、ずっと隠れてたって話がある。
彼女は、今後はペースメーカーの電池を交換しないと考えていると、母さんから聞いた。
十分、幸せに過ごしたからって。
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